カーボンオフセットクレジットは、企業が自ら削減できない温室効果ガス(GHG)排出量を、他のプロジェクトを通じて相殺する手段として注目されています。しかし、多くの企業はその導入や運用にさまざまな課題と悩みを抱えています。以下、主な問題点を詳しく説明します。
もう少し変えてください。
タイ政府の低炭素社会への移行に向けた取り組みについて
2021年1月、当時のプラユット・チャンオーチャー首相は「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」を国家戦略として導入しました。この戦略のもと、タイ政府は持続可能な経済社会の実現やCO2削減を目指し、電気自動車(EV)の普及、工場のグリーン化、農業の効率化、バイオマスや廃棄物の利用を推進してきました(2023年10月27日の地域・分析レポートを参照)。
プラユット首相は2021年のCOP26において、「2050年までにカーボンニュートラル(CN)を達成し、2065年までに温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにする」という目標を発表しました。2023年5月にセター・タビシン新政権が発足しても、これらの目標は継続されています。パッチャラワート・ウォンスワン副首相兼天然資源・環境相は、COP28(2023年11月~12月開催)の場で「2065年までに排出量ネットゼロ」を再確認しました。
タイ政府はパリ協定の履行にも取り組んでおり、2020年にはBAU比で15.4%のGHG排出削減を達成しました。2022年11月には、2030年までにGHG排出量をBAU比で30%(技術・財政支援を得られる場合は40%)削減することを目標とした「国が決定する貢献(NDC)」の第2改定版をUNFCCC事務局に提出しました。
NDCにはカーボンプライシングに関する記述はありませんが、同月に改定された長期低排出発展戦略(LT-LEDS)では、将来的にカーボンプライシング制度の導入が想定されています。タイ政府も長期的に排出量ネットゼロを達成する手段の一つとしてカーボンプライシングを認識しており、LT-LEDSではGHG削減に必要な取り組みとして、炭素市場のインフラ整備や再生可能エネルギーおよびカーボンクレジット取引プラットフォームの構築が挙げられています。
1. クレジットの信頼性・透明性の問題
カーボンオフセットクレジットは、発行元の信頼性や透明性が企業の悩みの種となっています。市場には多種多様なオフセットプロジェクトが存在し、発行基準も一律ではないため、「本当に実効性があるのか?」という懸念が生じます。信頼性の低いクレジットを購入することは、企業イメージの損失にもつながりかねず、慎重な選定が必要です。
2. コスト負担の増加
カーボンオフセットクレジットは、購入量に応じてコストが増加するため、企業の財政にとって大きな負担となり得ます。特に、排出量の多い産業にとって、全体の排出量をオフセットするための費用は莫大です。企業は、他の環境施策や生産性向上への投資とのバランスを取りつつ、コストをどこまで割けるか悩んでいるのが現状です。
3. 国際的な規制の変化とリスク
カーボンオフセットクレジット市場は国際的な規制に影響を受けやすく、気候政策が急速に進展している中で、クレジットの価値や需要は変動するリスクがあります。特に、各国政府や国際機関が新たな規制や基準を導入した場合、企業がこれまで積み上げたクレジットの価値が大幅に変わる可能性もあり、長期的な計画が難しいという問題があります。
4. 社内外での認識ギャップ
社内外においてカーボンオフセットの理解が十分でないことも課題です。社内では、削減努力の代替策としてオフセットを採用することに対して懐疑的な意見もあるため、従業員への教育や啓発が必要です。また、外部のステークホルダーから「本当に環境負荷低減につながっているのか?」と疑問視されることもあり、カーボンオフセットだけに頼らない包括的な取り組みが求められています。
5. 削減努力との両立の難しさ
企業にとって、カーボンオフセットクレジットは排出削減の「補完手段」として位置づけられていますが、クレジット購入のみでカーボンニュートラルを達成する企業も少なくありません。しかし、削減努力が進まないと批判されるリスクがあるため、オフセットと削減のバランスをどのように取るかが悩みの種です。また、クレジットの購入が短期的な解決策に留まり、長期的な低炭素社会実現へのインパクトが限定的である点も企業が懸念するポイントです。
6. 適切なクレジットの選択と管理
企業がカーボンオフセットクレジットを購入する際、適切なプロジェクトや種類を選ぶことも大きな悩みです。例えば、森林保護プロジェクト、再生可能エネルギーの導入支援、技術革新プロジェクトなど、さまざまなタイプのオフセットがありますが、どれが自社の方針や業界基準に最も合致するかを判断するのは容易ではありません。また、購入したクレジットの管理や適切な使用に関するルールが整備されておらず、企業は運用に困難を抱えています。
7. 認証基準と市場の標準化の遅れ
カーボンオフセット市場は、認証基準や標準化の整備が遅れているため、企業は多様な基準と評価方法に直面しています。これにより、企業間や国際的な比較が難しくなり、気候目標達成の一貫性に欠けるという問題が生じます。信頼性の高い国際標準が確立されることで、企業はカーボンオフセットクレジットの選択に関する判断がしやすくなることが期待されています。
